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体験(2022.7)

素直に実践した日々の先にあった運び

 

大森八幡支部 小島 千枝子(71歳)

私が解脱の法縁に触れたのは、今から十九 年ほど前になります。 当時、母の生家があっ た土地に叔父夫婦がマンションを建設し、そ の四階を分譲して私たち夫婦が住み、 私は一 階にある美容室で働いていました。 また三階 に所有者である叔父夫婦が、二階には私の母 と妹が住んでおり、同じマンション内に親族 一同で暮らしていました。

ある時、 土地の所有者である叔父たちの返済が滞ってしまい、マンションを維持でき なくなってしまったのです。そのため、きち んと返済を続けていた私たちまで住まいを手 放さざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。 「どうしてこんな目に」という気持 ちでいっぱいだった私に、友人は「それはお 金だけの問題じゃないんじゃないか」と言い、 紹介してくれたのが大森八幡支部でした。

宗教自体に抵抗はなかったものの、どこか 狂信的な雰囲気をイメージしていた私です が、初めて訪れた支部でその印象はがらりと 変わりました。 住まいの問題を関僚子支部長 にご相談すると、 支部長は「建物に感謝して いますか?」とおっしゃられたのです。 住め ることが当たり前だと思っていた私は「建物 に感謝」など考えたこともありません。 どの ように感謝すればよいのかをお聞きすると、

「まず手を合わせなさい」と言って、 手の合わせ方から始まり、「左手は神様、右手は私たち」として掌を合わせていく心の大切さな どを一つひとつ丁寧に教えてくださいまし た。 この歳になるまで知らなかったことに気 づかされ、なんとも有り難い気持ちでいっぱ いになったことをよく覚えています。

そして、 解脱会に入会したいという旨を主 人に伝えました。 主人は一度支部へ様子を見 に来た後、直接自分の目で確かめて安心した のか、「いいんじゃないか」 と入会を認めて くれました。

それからしばらくして、一つのお運びを頂きました。危うく競売にかけられるところだった土地とマンションを、末の妹夫婦が自分 たちの経営する店を担保にして買い上げてく れたのです。 その後は妹夫婦に家賃を支払う 形で、これまでと変わりなく住み続けられる こととなり、 本当に有り難い限りでした。

それからも一生懸命、勉強に通う日々が続きました。 支部へ行っていろんなご指導を頂 けることが楽しくて、辛いと思うことはあり ませんでした。

中でも印象的なご指導があります。ある時、 主人の靴の底がボロボロになっていたことを 支部で話すと、支部長がすかさず「踵は”か か”と“とと” “かか”が上でしょ」とおっ しゃったのです。 それはわが家の、妻(かか)が夫(とと)の上に立ってしまっている ことの表れで、「ご主人の代わりに靴が壊れ てくれたのよ。だから良しとしなさい」と言 われました。たしかに、私の叔父の建物に、 私の母や妹と一緒に暮らしているためか、 ま るで主人が私の実家に入ったような気持ちで おり、無意識のうちに私の方が上に立ってし まっていたのです。

思い返せば、マンションの分譲契約も、サ インをしたのは主人ではなく私でした。 巻き 込まれたとばかり思っていた今回の一件も、 私の責任だったのです。 そんなことを考えながら、いつものように氏神様へ日参している と、ふと「私は神様にお詫びをしていても、 主人にお詫びをしていない」と気づきまし た。途端に申し訳なくなって、家に帰って主 人に土下座して、これまでのことを謝りまし た。 主人は驚いた様子でしたが、 「もういい よ」と言ってくれました。 これを機に夫婦の 気持ちが一つになり、私自身、どんな時も主 人のことを優先し、 何をするにも相談して決 めるようになりました。

"有り難い”の一心で

勉強を重ねる日々が続き、平成二十一年に 支部長から「奉賛会に入会しませんか?」と のお声がけを頂きました。 主人に相談すると快く承諾してくれ、一も二もなく入会しました。奉賛会費は自分のお給料から出そうと 決めていましたが、毎月一万円の会費を捻出 することが、簡単だったと言えば嘘になりま す。 というのも、当時は自分たちの生活費の他に、同じマンションに住んでいた母たちの 生活費も援助していたため、 決して余裕があ るわけではなかったのです。しかし、頂い ているご指導の通り、 「一に神事」と思って、 毎月のお給料の中から最初に奉賛会費と母た ちの生活費を用意しておくようにしました。 すると案外どうにかなるもので、お蔭さまで 今日まで一度も欠かすことなく会費を納め続 けられています。

そういった折、今年の一月下旬に息子から 思いがけない話を持ちかけられました。 私 たち夫婦に加え、母や妹、娘家族で住む4 LDKのマンションを買ってくれるというの です。高齢でなおかつ家賃暮らしをしている 私たちを心配してくれていたようで、「ロー ンの返済はこちらでするから気にしなくて大丈夫」と言い、何もかも整えてくれました。

さらに娘が同居して、 九十歳になる母の世 話を申し出てくれたのです。 これまでは、妹 が勤めに出ている日中は、私が働いている美容室まで母を連れて来て、妹が仕事から帰っ てくる夜まで私がつきっきりでお世話する 日々でしたので、 娘からの申し出はとても有り難かったです。

そして何より嬉しかったのは、息子や娘が 私たちや母のことを思いやってくれていたこ とです。 家族一人ひとりの思いやりによって 寄り添いながら互いに 支え合い、家族が一つ になれたことを実感し ました。

そして今年五月、息 子が購入してくれた新 しいマンションに引っ 越して、新たな生活が スタートしました。 一 時は住む家さえ失うと ころだった私たちが、 こうして家族みんなで穏やかに暮らせるようになったのは、み教えのお蔭としか言いよう がありません。

これまでの運びを振り返って今、有り難い という感謝の言葉しかありません。 ただがむ しゃらにみ教えを学んできたお蔭さまで、 感 謝のできる人間に変われたのだと感じまし た。もし解脱を学んでいなかったら、私は感 謝する心にも気づかずに自分のことだけを考 える人間になっていたと思います。

支部長は、「大変な時期もあったでしょう に、これまでずっと奉賛会を続けてこられて、 常に素直に実践してきたから、自然と整って 運ばれていったのですよ。 金剛さまのお蔭で 「すね」とおっしゃいます。 すべては私が感謝 できる人間になるための勉強の機会だったの だと思います。

とはいえ、これで終わりとは思っていませ ん。まだまだ上り坂の途中と気を引き締めて、 これからも天職努力に努め、み教えを学び実 践してまいります。

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