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いま知る!インタビュー(2022.1)

村上 貴弘

 

「人類の想像を遥かに超える アリの小さな世界」

 

農業をする特殊な生態のアリとして知られる「ハキリアリ」や、より起源に近い「キノコアリ」を長年に宣り調査、研究している生態学者がアリの世界を紹介。地球で生存し続けた、その長い時の中で進化した形とはいかに…

 

プロフィール/むらかみ たかひろ

九州大学が続可能な社会のための決断センター准教授。1971年、神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは、菌食アリの行動整体。社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」ほかヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。共著に「ありの社会 小さな虫の大きな知恵」(東海大学出版部)など。

 

みなさん、アリの世界をご存知でしょうか。アリたちは、その長い歴史の中で持続可能な進化をとげて、私たち人間には到底想像できない合理的なシステムを築きました。

 

アリが地球上に出現したのは、今から約一億数千万年前。その数は約一万一〇〇〇種にも及び、一京個体いると言われています。バイオマス(生物量)は人間よりも多いのに、資源を枯沼させることなく生き延びてきました。一方、人間は二十万年前に登場したにも関わらず、地球に大きな負担をかけながら社会を急速に発展させ、資源の枯渇や感染症、自然災害の問題に一喜一憂しています。

 

今、「多様性」が声高に叫ばれていますが、アリの世界がまさにその通りです。

 

例えば、東南アジアに分布する「ヨコヅナアリ」の働きアリの大きさは、約二ミリから五センチと幅広く、重量比では五五〇倍以上の差があります。それでいて巣の中で差別も偏見もなく、仲良く暮らしているのです。両者とも同じお母さんから生まれたのですから驚きです。想像してみてください、それは、ザトウクジラくらいの大きさの妹と一つ屋根の下で暮らすようなものなのです。こうしたことを受容してこその多様性ですが、私たち人間は、万物の霊長とはいうものの、異質なものを排除しようとするところがあるので、多様な社会にはまだほど遠いところにいます。

 

生物学的には、個としての遺伝情報が全て地球上から消えてしまわないようにすることが大事ですが、人類が多様な社会を迎える前にゼロにならないか心配です。私たちは今、本当の意味での持続可能な社会へと舵を切る時に来ています。私は、アリを研究することで「真の」 持続可能性とはどういうことなのかを明らかにしたいと考えています。

 

まずは、私たちの想像を軽く超えるアリの行動生態を知ってください。

 

「アリは、女王アリが卵を産んで、働きアリが働き、巣を維持しています。こうした生態を 「真社会性生物」(定義/①集団が子供を協力して育て、子供を産まない個体が存在すること。②繁殖だけを行う女王アリが存在すること。③世代が重なること)で、人間は「亜社会性生物」 (定義/血のつながりのある家族がひとつの単位となって生活し、世代の重なりはない)に分類されます。

 

アリの社会はメスに偏った社会で、実は働きアリによって維持されますが、その働きアリはすべてメス。オスアリの唯一の仕事は女王アリと交尾をすることです。一方、女王アリの役割は産卵で、食料は働きアリからもらい、体の掃除もしてもらって卵を産み続けます。幼虫に食べ物を与えたり育児をしたり、食料を探して巣に運び込み、巣を大きくするのも働きアリの仕事です。ちなみに仕事の割り当ては、基本的には年齢によって決まっています。巣を維持する若い労働力を失わないために、巣から出る食料探しや偵察など危険な仕事は年配のアリが担います。

 

また仕事は、効率よく分業されています。中には仕事の内容によって、その形態を変えてしまうアリもいるほど。

 

平べったい頭の「ナベブタアリ」の中には、 頭にマンホールのようなお女のような丸いものをつけ、その頭で巣穴の入り口の「扉役」を一生務める個体がいます。毒を持たない種類ゆえ防衛力を高めるために、その頭で敵の侵入を防いでいるのです。もし「扉役」がその場所から離れれば巣は無防備になってしまいます。食べ物は他のアリから口移しでもらい、仲間が巣に入りたい時は、トントンと合図をします。その光景がなんとも可愛らしい。また防衛面でその上を行く「ジバクアリ」は、外敵に襲われた り巣に侵入されたりした時に、胸の毒腺を膨らませて割いて爆発させます。その瞬間、液体が吹き出して敵は逃げていきますが、自分は死んでしまいます。

 

他に巣の運命を握り、一生、貯蔵庫役を務める「ミツツボアリ」は、巣の中で天井に宙吊りとなって仲間が集めてきた量をお腹に溜め込 み、それを食料や水分が不足する乾季に仲間に口移しで分け与えます。こうした仕事は決して属的ではなく、また、「やっちゃいなよ」と言われてできるものでもなく、長い時間をかけて最適な仕組みが進化したものであることを考えると、彼女らは集を維持するための「エリート」なのかもしれません。

 

またアリの中には農業をするアリがいます。農業の歴史は人間が約一万年前で、アリの起源は数千万年前までさかのぼります。アリが育てるのはキノコですが、椎茸の類ではありません。そもそもキノコの笠は、胞子を飛ばすために作り出される一器官で、本体と呼べるものは、土や落ち葉の中に張り巡らされた糸のような菌類糸を指します。農業をするアリが育てているキノコたちは菌糸のみで一生を過ごします。繁殖 は全てアリたちに委ねているからです。アリたちは、巣の中にキノコ畑を作り、そこで育てた菌類を女王アリや幼虫の食料としてあげます。それが「キノコアリ」です。このキノコアリの中で最も複雑で大きな社会を進化させてい るのが「ハキリアリ」。切り取った大きな葉を、帆船のように立てて行列を組んで巣へ運び、畑の材料にします。

 

ハキリアリはアマゾンを中心に広く生息しており、私はハキリアリからより起源に近いキノコアリまで総合的に調査研究を重ねるため、飛行機で片道二十五時間かけてパナマに調査に通って三十年になります。

 

私はもともと生物を研究する道に進むつもりでしたが、大学4年生の時の卒業論文のフィールドワークの研究でアリの世界に魅せられて足を踏み入れました。

 

そして大学院時代、当時の師匠である東正剛先生に付いてパナマに現地調査に行き、最初に黄色いツブツブが詰まった巣を作るキノコアリの一種を見つけました。調べると、起源種に近い通称「ムカキノコアリ」だったので、これは何かの運命と思い、キノコアリを研究の対象に決めました。それまで、菌がどのようにして作られるのか詳細な観察がされていなかったので、私は女王アリ一個体と働きアリ五十九個体の行動を五十時間観察しました。アリの腹部には、「そのう」という貯蔵庫があり、吸った花 の蜜や果汁などを貯めることができます。彼女たちは、そこで発酵させたものを吐き出してゼリー状の菌床を作り、キノコ畑にしていました。それが黄色いツブツブの正体でした。まさに自家栽培であり、究極の地産地消を行っていたわけです。小さいながら大きな発見となりました。

 

研究は好きで行っているとは言え、調査は楽ではありません。

 

ハキリアリの巣はスコップで掘りますが、侵入者に驚いた働きアリたちに襲われて、服や靴はもちろんのこと、顔の皮膚まで切り裂かれて出血することもあります。咬みつかれれば痛いですが、彼女たちは頭だけになっても一度咬んだものは離しませんから、全身にアリを鈴なりにぶら下げて堀り続ける姿は、パニック映画さながらの光景です。巣を掘り終えて銃弾を受けたかのようになった服が珍しかったのか、茨城県自然博物館に展示されたことがあります。

 

こうした思いをしても、ハキリアリの巣を掘るのは面白いのです。毎回、キノコ畑を見つけた時の興奮は、何度経験しても褪せることはありません。

 

アリの社会は完全に利他的な社会なのでしょうか?実はこの疑問に答えるためには「単数倍数性」という特殊な繁殖様式を理解する必要があるのですが、ちょっと複雑なので割愛します。その特殊な繁殖様式のお蔭で、親子間の遺伝的な近さより、姉妹間の方がより多く遺伝情報を共有するため、自分たちの子供を産むよりは姉妹の子をよりたくさん育てた方が、次世代に多くの自分に似た遺伝子を残せるようになっているのです。一見、女王アリに献身的に尽くしている姿も、自分の遺伝子を残すための行動なのであれば、意外と利己的かもしれません。

 

前述のように、オスアリの使命は女王アリと交尾することのみです。オスアリは食事も自分で作れない、子供の世話もしない、掃除もできない、留守番もできないので、まさにヒモの中のヒモ男。働きアリからその存在を疎まれても仕方がありません。ですから、働きアリはオスアリをつっついたり、ボーっとしているオスアリのはねをちぎろうとします。オスアリは巣の中を逃げ回りながら、働きアリのお世話になって 繁殖に飛び立つための栄養を蓄えるわけです。 それを見る度に、オスアリに生まれなくてよかったと胸をなでおろします。

 

では、アリの社会の繁殖を担う女王アリが何らかの理由でいなくなってしまったら、働きアリは、自分たちの遺伝子を残すことを諦めなくてはいけないのか?多くのアリでは一部の働きアリの卵巣が発達し、卵を産むようになります。ただ、働きアリはオスアリと交尾をしておらず、メス(女王アリや働きアリ)を産むことはできません。ということは、新たな働き手を増員することができないので、やがて巣は衰退し、残りの働きアリが尽きれば巣は消滅することになります。

 

働きアリたちは巣の消滅を目前に、自分たちの遺伝子を外に運び出すために、オスアリを産み、育てます。このように、アリたちは、できることすべてを使って必死に世代を繋げようとします。その姿に胸が熱くなります。次号も、さらにアリの生態に迫ります。 (談・続く)

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